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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)5830号 判決

原告 根本敏美

右法定代理人親権者父 根本美代吉

同母 根本トシ子

右原告訴訟代理人弁護士 福井秋三

被告 財団法人 東京都公園協会

右代表者理事 井下清

右被告訴訟代理人弁護士 三谷清

主文

被告は原告に対し金一五〇万円及びこれに対する昭和四三年六月一一日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

第一当事者の申立

一、請求の趣旨

1  被告は原告に対し金五〇〇万円およびこれに対する昭和四三年六月一一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二当事者の主張

一、請求原因

1  被告は、東京都の公園緑地事業に協力する目的で設立された財団法人であって、その事業の一つとして東京都武蔵野市御殿山一丁目所在井之頭自然文化公園内において、スポーツランドと称する遊戯施設場を経営しているものである。

2  右遊戯施設場には飛行塔という名称の主として幼児のための遊戯機械があり、被告は入場客から一定の料金を徴収して右機械に客を搭乗させているが、右機械は中央に直立した支柱があり、この支柱から四方に腕木が突出していて、各腕木の先端からロープによって円盤型のゴンドラ(客を乗せる器)が吊下げられ、別に設置されたスイッチ(上昇下降スイッチおよび回転スイッチ)を操作することにより、客を乗せたゴンドラを空中に引き揚げ、所定の回数支柱の周囲を回転させた後、地上におろすようになっている。

3  昭和四〇年六月六日(日曜日)午後三時頃、原告が本件飛行塔の円盤の一つに乗ったところ、一旦上昇し、回転した円盤が着地の際、回転しながら床に強く衝突したため、その衝撃により、原告は円盤座席周囲枠に後頭部のあたりを打ちつけ、その結果頭部外傷性てんかんの症状を呈するようになった。

4  (一) 当時被告の従業員であり、本件事故の際、本件飛行塔の運転操作をしていた訴外野中貞子は、本件円盤を運行するにあたって、回転、下降の各スイッチの操作を誤ると、円盤が回転しながら下降し床と衝突するため、その衝撃により乗客に危険が及ぶおそれがあるから、右各スイッチの操作を誤らぬ様にすべき注意義務があるにもかかわらず、右スイッチ操作を誤り、その結果原告を乗せた円盤は回転しながら下降し、床に衝突したものである。

(二) かりに野中貞子に右過失が認められないとしても、当時被告の従業員であり、本件事故の際、飛行塔のブレーキ操作を担当していた訴外畑敏男は、本件円盤に下降スイッチが入れられ徐々に下降してきた際、適当な時期にブレーキをかけないと、そのままの速度で円盤が床と衝突し、円盤の乗客に危険が及ぶのであるから、当然適当な時期にブレーキをかけるべき注意義務があるにもかかわらず、漫然ブレーキをかける時期を逸し、その結果円盤を床に衝突させたものである。

5  かりに右野中、畑両名にいずれも過失がないとしても、被告は本件飛行塔を設置管理し、顧客より一定の料金を徴収して本件飛行塔に搭乗させているのであるから、顧客が地上に降り立つまで安全に搭乗させる契約上の義務を負っていたのに、原告はゴンドラ内において本件事故にあったのであるから、被告は前述の契約上の債務を履行しなかったことになる。

6  かりに右債務不履行が認められないとしても本件飛行塔は、その規模、固定性からみて土地の工作物である。本件事故は本件飛行塔の所有者若しくは占有者である被告が本件機械の点検修理を怠ったための故障によるものであり、本件事故は本件飛行塔の保存の瑕疵によるものである。

7  原告は本件事故の受傷によって脳波に異常が生じ、てんかんの発作を防止するため、抗てんかん剤を服用しているが、全治の見通しがたっていない。

このような状態では、原告が一般女性と同様将来就職し、あるいは結婚して幸福な家庭を営めるかどうか予測出来ず、これにより原告が受けた精神的打撃は深刻なものであり、この精神的損害を金銭をもって慰藉するとすれば金五〇〇万円が相当である。

8  よって原告は被告に対し本件事故により原告の蒙った精神的損害金五〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四三年六月一一日から支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する答弁

1  請求原因第1項の事実は認める。

2  同第2項の事実は認める。

3  同第3項の事実のうち、原告主張日時に原告が円盤に乗ったことは認めるが、原告が円盤座席枠附近に後頭部を打ちつけたこと及び原告に外傷性てんかんの症状があることは不知。

その余の事実は否認する。

4  同第4項(一)のうち野中貞子が、当時被告の従業員であって、本件事故当時、本件飛行塔の運転操作を担当していたことは認め、その余の事実は否認する。

(二) 同項(二)の事実中畑敏男に原告主張の過失のあったことは否認する。

5  同第5項の主張は争う。

6  同第6項の主張は争う。

第三証拠≪省略≫

理由

一、事故の発生

1  請求原因第1、2項の事実及び昭和四〇年六月六日午後三時頃原告が本件飛行塔の円盤の一つに乗ったことは当事者間に争いがない。

2  ≪証拠省略≫を総合すると、原告を乗せた円盤は、一たんは上昇したが、ほとんど回転せず下降し、畑敏男が後述のブレーキを円盤の着地とはほとんど同時に引いたが間にあわず、そのままの下降速度で床に衝突し、その衝撃により、原告は乗っていた円盤座席枠附近に後頭部を打ちつけた事実が認定でき、右認定に反する証拠はない。

二、事故の原因

1  ≪証拠省略≫を総合すると本件飛行塔の運行操作はまずナイフ型スイッチをいれ、押しボタンスイッチを押すと円盤が上昇し、ある一定の高さまで行くと自動的に円盤が停止し、そのあと、回転スイッチを入れると、円盤が水平に回転すること、ナイフ型スイッチを上昇させた時と逆に入れ、押しボタンスイッチを押すと円盤が下降すること、およびスイッチのほかにブレーキがあって、円盤が下から三〇センチ位まで降りて来たときにブレーキを引くと円盤の下降速度が緩和され、安全に着地できるようになっていることが認定でき、右認定に反する証拠はない。

前認定の飛行塔の構造ならびに主として幼児のための遊戯機械であるとの用途および右認定の操作方法からすると、操作担当者は、上昇スイッチを入れてから、ブレーキを引いて円盤の着地が完了するまでの間、つねに円盤の運行状態に注目し、異常な運行があったときは何時でも適宜の処置をとり、ブレーキを引くなどして円盤を安全に着地せしめるべき高度の注意義務があるといわねばならない。

2  ≪証拠省略≫によると、本件事故後、なんらの修理を加えることなく、その日のうちに本件飛行塔の運行を続けたが飛行塔の機械に異常はなかった事実が認定できる。≪証拠判断省略≫

なお法定代理人親権者根本トシ子は、本件事故後約三〇分位飛行塔の前に故障の札をかけ運行しなかったと供述するが、本件事故後飛行塔の修理がなされた旨供述するわけではないので、右認定事実を左右するものではない。

右事実よりみれば、本件事故当時、本件飛行塔の機械になんら故障のなかったことが認定できる。

3  訴外野中貞子が、本件事故当時、本件飛行塔のスイッチ操作を担当していたことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すると、平日は客の整理および機械操作をふくめて飛行塔の担当者は一名のところ、当日は日曜日であったため、常勤職員であった右野中のほかに非常勤の職員である畑敏男が共同して飛行塔を担当したが、スイッチおよびブレーキ操作を野中が、客の整理等を畑がそれぞれ分担したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

4  前記一の1、2、二の1ないし3の各事実を総合すると、本件事故当時、運行担当者であった訴外野中貞子は、前記二項1記載の注意義務を怠り、運行中の円盤に対する注視をせず、あるいは漫然眺めていたために運行中突然下降をはじめた円盤に対し適切な時期にブレーキをかけることができず、その結果原告の乗っている円盤をそのままの速度で床に衝突させたものであるといわざるを得ない。≪証拠判断省略≫

三、事故の結果

≪証拠省略≫を総合すると、原告は本件事故当時小学校一年生の女児で、それまでは健康、活発で発育もよかったこと、本件事故に遭遇したときは、円盤を降りたところでしばらく頭をかかえるようにしてしゃがんで泣いたが、面もなく元気をとり戻したこと、本件事故後はもとのような活発さを失い、授業中や食事中も居眠りをするようになったこと、事故後五日目に東京医大付属病院神経科で診療を受け、まもなく精密検査のため慶応大学付属病院脳神経外科で受診し、爾来現在まで定期的に診療を受けていること、現在原告の脳波に安静覚醒時に於て汎発性の不規則な高振幅徐波バーストおよび汎発性の不規則な高振幅棘徐波結合が出現していること、右は本件事故によって原告の大脳機能に何らかの異常がひきおこされ、その後昭和四一年二月に原告が高熱疾患に罹ったことによってさらにはっきりしたてんかん性異常脳波即ち高振幅棘徐波結合を生ずることに至ったこと、本件事故がなくて、右高熱疾患のみでは右異常脳波を生じなかったであろうことが認定でき、右認定に反する証拠はない。

してみると、たとえ、右高熱疾患なかりせば、原告にてんかん性異常脳波が生じなかったであろうという関係であっても右高熱疾患は、七、八才の幼児において通常考えられる疾患であるから、本件事故と原告のてんかん性症状との間には法律上の因果関係があるといわねばならない。

四、慰藉料

≪証拠省略≫によれば、原告は本件事故後、脳波上に異常波が出現したので、昭和四一年より現在まで抗痙攣剤を服薬しており、将来服薬加療により、治癒の可能性はあるが、何時治癒するかあるいは一生治癒しないかは不明であり、今後も定期的脳波検査、服薬を続けていかねばならず、現段階では、成人してからの就職、結婚に支障をきたすおそれがあることが認定でき、右認定に反する証拠はない。

そして、訴外野中貞子の注意義務の程度が高いこと、原告に全く過失のないことその他本件事故の態様、および諸般の事情を総合勘案すると、原告の精神的苦痛を慰藉するためには金一五〇万円が相当である。

五、結論

よって訴外野中貞子の使用者である被告は原告に対し金一五〇万円およびこれに対し本件訴状送達の日の翌日より民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、右の限度で原告の本訴請求を認容し、その余の請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川義夫 裁判官 菅野孝久 満田忠彦)

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